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“ 本物” が持つ語る力-『AINU MOSIR』

“ 本物” が持つ語る力-『AINU MOSIR』

  「AINU MOSIR(アイヌモシリ)」とは、「人間の静かなる大地」を意味するアイヌ語だそうだ。近代では北海道を指す言葉でもある。今を生きるアイヌ民族の姿をリアルに捉えたドキュメンタリーのような味わいを持つ一方で、アイヌの血を引く14 歳の少年・カントがアイデンティティに揺れながら成長していく物語も紡いでいく。(Netflix にて配信中)
舞台は、阿寒湖畔のアイヌコタン。アイヌ文化の音楽や舞踊、工芸品、伝統的な儀式は、今や観光客向けのエンターテイメントとして、そこに暮らす人々の生活を支えている。カント(下倉幹人)は、観光客相手の民芸品店を営む母と暮らす中学生。1 年前に父を亡くしてからアイヌ文化との関わりを避けるようになった。高校進学を機に生まれ育ったアイヌコタンを離れようと考えているカントに、再びアイヌとしての自己と向き合うきっかけを与えたのは、亡き父の友人デボ(秋辺デボ)だった。アイヌコタンの中心的存在でもあるデボは、封印された「熊送りの儀式」=イオマンテを復活させるため密かに仔熊を飼育していて、その世話をカントに託す…。
映画に登場するのは、阿寒に暮らす本当のアイヌたち。彼らの口から語られる言葉が、単なるセリフ以上の重みを持って聞こえるのは、まさしく本物の持つ力があったからだろう。特に、イオマンテを巡る議論のシーンは秀逸だ。監督・脚本を務める福永壮志は、自らも北海道出身で、高校卒業後ニューヨークで映画を学び、2015 年の長編デビュー作『Out of My Hand(リベリアの白い血)』は、世界各国の映画祭で高い評価を得た。アメリカ生活の中で、先住民族に関する問題意識や議論が日常に存在していることを実感するにつれ、日本の先住民族としてのアイヌへ意識を向けるようになったという。
印象に残ったのは、劇中に出てくるアイヌの言葉、「カント オロワ ヤク サクノ アランケプ シネプ カ イサム」(天から役割なく降ろされたものはひとつもない)。アイデンティティやルーツと向き合う、というこの物語の1つのテーマと、対を成すように思えてならない。
高野 宣李(たかの せんり)
Twitter: @usagy_van
さすらいの旅がらすライター。2002 年からバンクーバーに在住。好きな海外ドラマ、映画は数知れず。面白ければ何でもござれの雑食系で、カナダ、アメリカ、日本を股に掛けて映画やテレビを追っ掛ける日々。

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