名探偵「未」登場 第2回 恐怖の館はどこ?

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 ミステリーにとって謎解きはキモだが、その謎解きのためにも、まずは「己の理性を疑ってしまうほど不可思議な事件」が起きなくてはならない。雪原の真ん中で消えた足跡。出入り不能な部屋で殺人。死んだはずの男が同時刻離れた場所で目撃される……。

 こういった事件にさらに怪奇性を加味するため、作家たちはそれまでゴシック小説によく使われていた館をミステリーの舞台に流用した。暴力や呪いに彩られた旧家。じめじめと暗い建物、開かずの間、ろうそくの明りに揺れる影。おそろしい雰囲気を盛り上げるだけ盛り上げたところで、ジャジャーン! 謎に満ちた殺人が起きる。登場人物も読者も幻惑される、という仕組みだ。

  作家側にとって歴史的建造物は広く、天井も高くて音が反響するから目撃者をごまかしやすく、トリックをしかけやすい、という現実的な側面もある。しかし、なによりこういった非日常的異空間の物語に、ひとは魅了されるのではなかろうか。かくいう私もミステリーに親しむきっかけは「恐いもの見たさ」。子ども向 けの『バスカヴィル家の犬』などに震え上がり、名探偵に謎を解いてもらって我に返る、という行程に、他の大勢の読者と同じくすっかりはまったのだ。

 こうして館ミステリーは一大ムーブメントとなった。誰もがイメージできるから「恐怖の館で起こる殺人」はもはやコントの定番だ。それでもこの形式には根強い人気があり、作例は世界中に山ほどある。

 日本から1作オススメするなら、佐々木丸美の『崖の館』。雪に閉ざされた館を舞台に起きる不思議な事件が、少女を語り手に繊細に描かれ、多面的な魅力のある類例のないミステリーだ。もう1作はアメリカから、ローレンス・ブロックの『泥棒は図書室で推理する』。山奥のホテルを舞台にした泥棒バーニイの洒脱なミステリーで、恐怖の連続殺人がなんと!笑って楽しめるのだ。

 

 泥棒は図書室で推理するそれにしても、殺人の舞台に手頃な館はたくさんあるだろうに、バンクーバー発の館ミステリーってあんまり聞かない。西部の開拓者はリアリストでなくては生きていけないし、だからそのDNAの思い描く犯罪もドラッグとかギャングの抗争とか、とかく現実的なのかも。世界一住みやすい街バンクーバーには、闇のロマンなんかお呼びじゃないのだろうか。

作品データ
『崖の館』佐々木丸美 創元推理文庫
『泥棒は図書室で推理する』ローレンス・ブロック 田口俊樹訳


若竹七海

若竹七海

東京生まれ。立教大学文学部史学科卒。
1991 年、「ぼくのミステリな日常」(東京創元社)でデビュー。「夏の果て」(「閉ざされた夏」と改題して93年刊行)で第38回江戸川乱歩賞最終候補。
2013年、「暗い越流」で第66回日本推理作家協会賞(短編部門)受賞。
「悪いうさぎ」、「御子柴くんの甘味と捜査」、「さよならの手口」など、本格推理小説、コージーミステリからハードボイルド、果てはホラー、パニック小説、歴史ミステリと幅広いジャンルで著書多数。人の心の中に潜む悪意を描かせれば天下一品。

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