名探偵「未」登場 第1回 バンクーバー・ミステリ?

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ミステリ好きが高じてミステリ書きになった私のもとに、太平洋の向こう側、バンクーバーから、ミステリのオススメを紹介しませんかという依頼が来た。

せっかくだから、バンクーバー・ミステリを紹介しようと思ったのだが……

あれ? そんなのあったっけ。  

検索すると、秋川陽二の『殺人フォーサム』やエリック・ウィルソンの児童ミステリ『バンクーバーの悪夢』がヒットするし、マイクル・スレイドにもバンクーバーの海が舞台の作品があ る(ミステリというよりホラーだけど)。  

だが、バンクーバーを代表するミステリとなると……うーん。

ロンドンならコナン・ドイルが描くシャーロック・ホームズ。 エジンバラならイアン・ランキンが描くリーバス警部。パリならジョルジュ・シムノンのメグレ警視。シカゴならクレイグ・ライスのマローン弁護士。ロサンゼルスならロス・マクドナルドの リュウ・アーチャー。カナダでも、トロントならエリック・ライ トのソールター警部がいるし、モントリオールにはキャサリーン・レイクスの法人類学者“ボーンズ”ことブレナン博士がいる。  

といった具合に、個性的な街にはたいてい、その街の息吹を映し出す魅力的なミステリと名探偵が存在するものだ。

私のようなミステリファンは、例えばドイルの『バスカヴィル家の犬』でイギリスの荒涼たるダートムアを歩き、アレクサンドラ・ マリーニナの『無限の殺意』でモスクワを知り、ローレンス・ブロックの『泥棒はライ麦畑で追いかける』でNYの裏道を歩き、古本屋に入り浸る。

アガサ・クリスティーの『白昼の悪魔』を開いて、イングランド南部デヴォンシャー州の島のビーチに赴けば、同じホテルの宿泊客たちのゴシップや殺人を楽しむ、快適なリゾートライフを満喫する。マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールーが描 く『笑う警官』をひもとけば、刑事マルティン・ベックとともに、ストックホルムを捜査に歩きまわることができる。うちにいながらにして、異国の街へと心躍る冒険と推理の旅に出かけられるというわけだ。

なのに、バンクーバーにはこれといったミステリもなければ名探偵もいないなんて、どういうこと? 正直、ミステリの舞台になっていない街なんて、暮らしやすいが深みのない、書き割りのようなニュータウンじゃないかという気がする。そんなことではいくらいい街でも惚れられない。

いいお友達でいましょうね」で終わりだぞ、バンクーバー。


若竹七海

若竹七海

東京生まれ。立教大学文学部史学科卒。
1991 年、「ぼくのミステリな日常」(東京創元社)でデビュー。「夏の果て」(「閉ざされた夏」と改題して93年刊行)で第38回江戸川乱歩賞最終候補。
2013年、「暗い越流」で第66回日本推理作家協会賞(短編部門)受賞。
「悪いうさぎ」、「御子柴くんの甘味と捜査」、「さよならの手口」など、本格推理小説、コージーミステリからハードボイルド、果てはホラー、パニック小説、歴史ミステリと幅広いジャンルで著書多数。人の心の中に潜む悪意を描かせれば天下一品。

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