名探偵「未」登場 第3回 家族って怖くない?

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 nana一説によると、ギャングの抗争による死者より家族間での殺人のほうが多いそうだ。血縁という、解消できない濃い人間関係のなかで生まれた負の感情は、殺意へと醸成される。そこに莫大な財産や家族間の感情のもつれを足してドロドロッと煮詰めれば、事件が起こる。みんなの大好物、骨肉の争いにからむ連続殺人ドラマの出来上がりだ。

ear この手のミステリーは、家父長制度が幅を利かせていた前世紀前半に流行した。思い出せるだけでも、『バスカヴィル家の犬』『赤毛のレドメイン家』『グリーン家殺人事件』『ウォリス家の殺人』『犬神家の一族』『船富家の惨劇』『高木家の惨劇』『鯉沼家の悲劇』……などなど。日本でやたら「なんとか家」というタイトルが多いのは墓石を連想させてミステリーらしくするためだろうが、他にも『Yの悲劇』『ポアロのクリスマス』など、いくらでも名作があげられる。 その後、この手の〈大邸宅金持ち一族ミステリー〉へのアンチテーゼとして、リアルな庶民感覚が売りの〈私立探偵小説〉がアメリカで登場したが、そのテーマの多くもやはり「家族」だった。個人捜査がある程度認められているアメリカでは、司法機関を差し置いて私立探偵たちが活躍。個人として調査対象者の家庭に深く入り込み、その闇をあぶり出すことになる。レイモンド・チャンドラー『さらば愛しき女よ』、スー・グラフトンの『死体のC』など、こちらのジャンルにも傑作は多い。

 書かれすぎたせいか、一時どちらのジャンルも衰退したが、今世紀になって再注目されている。一族ものの新作で光るのは、サラ・ウォーターズ『エアーズ家の没落』samuke
斜陽貴族が滅びゆくさまを描いているが、単純なミステリーではなく、怪奇小説とも異常心理サスペンスとも、もっと恐ろしい話にも見える、陰影深い物語だ。また最近、本国アメリカで再評価され始めたロス・マクドナルド『さむけ』を読み直したが、父親とその殺人を告発した娘、母親にスポイルされた息子、幾組もの夫婦……濃厚な家族のメロドラマをクールな語り口で描き、半世紀たった今でもその物語は古びていない。

 それにしても私立探偵小説は、陽光降り注ぐアメリカ西海岸を舞台にすることが多い。光まばゆいからこそ家族の闇が濃く見えるのか。だとしたら、バンクーバーを舞台にした私立探偵小説があまり見当たらないのは、1年の半分以上が雨天曇天のせいなのかも。

作品データ
『エアーズ家の没落』上・下 サラ・ウォーターズ 中村有希訳 創元推理文庫
『さむけ』ロス・マクドナルド 小笠原豊樹訳 ハヤカワミステリ文庫


若竹七海

東京生まれ。立教大学文学部史学科卒。
1991 年、「ぼくのミステリな日常」(東京創元社)でデビュー。「夏の果て」(「閉ざされた夏」と改題して93年刊行)で第38回江戸川乱歩賞最終候補。
2013年、「暗い越流」で第66回日本推理作家協会賞(短編部門)受賞。
「悪いうさぎ」、「御子柴くんの甘味と捜査」、「さよならの手口」など、本格推理小説、コージーミステリからハードボイルド、果てはホラー、パニック小説、歴史ミステリと幅広いジャンルで著書多数。人の心の中に潜む悪意を描かせれば天下一品。

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