英語教師への道  その2

 私は帰国して休むことなく就職活動を再開した。目標は公立の中学校で先生になること。でも帰国したのは10 月で新年度までは働き口はないと思い、初期費用を稼ぐためにアルバイト先を探していた。
 私の故郷・福岡には、突然の育児休暇や休職に対応するために『ティーチャーバンク』というものがある。県の教育委員会に名前を登録しておけば、欠員が出た学校に派遣されるという講師登録制度だ。

早いに越したことはないと思い、アルバイト探しと同時進行で履歴書を送った。

 履歴書を郵便局に持って行った次の日の朝、母親が新聞の記事を持ってきた。福岡の小中学校の教員が足りていないらしい。母親を仕事へ送り出した後、携帯が鳴った。教育委員会からだった。英語科の女性教員を探しているようだった。急な休職だったため、11 月から勤務できる適任者を探しているとのことだった。自分の運強さ、というか、縁に恵まれることに驚いていた。

 1つだけすぐに決断できない理由があった。教えるのは英語ではなく、特別支援学級の担任として勤務してほしいとのことだったからだ。特別支援学級とは、知的障害や精神的な障害を持っている生徒が所属するクラスのことである。私は英語科の免許しか持っていないし、教育実習の際に養護学校に行ったことはあるけれど、その程度の知識と経験しかない。教師としての経験もないのに、私で大丈夫なんだろうかと不安に感じた。

 教育委員会の方から勧められて、その中学校の教頭先生と電話で話すことになった。学校の方もとても困っているようだった。不安もあるかもしれないけれど、これから教員を目指すのであれば、学ぶことはたくさんあるはずだと話していただいた。百聞は一見に如かずだからだと。
 未知のことに挑戦する時、不安が伴うのは当たり前のことだ。あとは、その挑戦に責任を持つ覚悟があるかどうか。私はそのお話を受けることにした。(続く)


Yuka

Yuka

英語とカフェが好きで、コーヒーの街・バンクーバーにワーホリしにやってきました。趣味は写真を撮りに散歩すること。日々英語と仕事に奮闘中。

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