ツナママ日記
 

ユーロが香る
カナダのヨーロッパ

ラ・メゾン 家、そして人の歴史
モントリオール通信員 みちょろ
ケベック発

人が住むところに家が建ち、 そこに人の歴史が始まる。

 Paul de Chomedey de Maisonneuve一行が、ノートルダム修道会の使命を受け、先住民たちにキリスト教を布教するためモントリオール島にたどり着いたのが1642年5月17日、。新天地を求めてセント・ローレンス河を遡り、この大陸に住み着いた人々の息吹を感じることができる建造物が、ケベック州にはまだ多く残されている。今回はモントリオール島内に限定して、現存する代表的な建物をいくつか紹介したい。 モントリオール島内に現存する最古の建物が、『maison Le Ber-Le Moyne (1670)』である。

  セント・ローレンス河の急流沿いのこの一帯は、建設当時、毛皮貿易の要所だった。この家は1948年に歴史的建造物として保護され、198年には補修工事が行われている。

 その際、厚い壁の補修には、建設当時の建築方法と同じく野原の石を使い、暖炉や銃眼なども忠実に復元した。オニヒバという材木で作られたこけら屋根と屋根裏部屋に明り取り窓がないのも、初期の家の特徴だ。

 次に古い建物が、旧市街にあるノートルダム教会隣の修道院『Vieux-Seminaire de Saint-Sulpice (1683)』。1663年、パリに本部を置くサン・シュルピス会の司教たちが、ここに小教区作りを始めた。そして、1683年に修道会長Francois Dollier de Cassonによってこの修道院が建造され、1705年には増築もされている。増築後に取り付けられた建物正面の時計は、北米で一番古い公共の時計だ。この建造物は今でもサン・シュルピス会所有であり、3世紀以上にも渡って持ち主が変わらないのは、他でもあまり例をみない。

  そして、コングレガシオン・ド・ノートルダム修道女会が300年近く管理しているのが『Maison Saint-Gabriel (1698)』だ。この建物が、歴史的建造物として知られている所以は、“Filles du Roy(王様の娘達)”による。“Filles du Roy”とは、新フランスの建国に尽力する男たちの元に、フランス本国から自分たちの意志で嫁入りにきた、戦争で片親を失った教養のある年頃の娘たちの総称である。嫁入りのための財産などは全てフランス国王から贈与され、仲介は修道女Marguerite Bourgeoysによって行われた。

 Marguerite Bourgeoysは1668年に建てられたこの農家を買い取り、花嫁修業のためにこの家を使った。1度火事で焼失した後、1698年に再建されている。壁には野原の石を使い、雪を落とす鋭角の屋根はこの地方ならではの特徴である。1965年から博物館として内部が一般公開されており、17世紀から18世紀にかけて使用されていた家具や古道具など、15,000点以上のコレクションは一見の価値がある。

 ものを言わぬこれらの建物にそっと手を触れてみるだけで、フランス植民地時代へ想いを馳せることができる。時代は流れても、そこに生きた人々の思いは変わらない。古都の魅力は、いにしえの人々からの優しいメッセージを感じられることにあると思う。

 物質的には何でも満ち足りた現代で日々の雑用に翻弄される中、ふと足を止めて、歴史を振り返ってみる時期に私たちは差し掛かっているのではないだろうか。

 

   
 

 

 


モントリオールで現存する最古の建物『maison Le Ber-Le Moyne (1670)』



「Vieux-Seminaire de Saint-Sulpice」
外壁に付けられたものとしては、北米最古の時計


花壇の手入れが素晴らしい『Maison Saint-Gabriel (1698)』


maison Le Ber-Le Moyneの向いを流れるセント・ロレンス河の浅瀬。現在では、船は運河を使ってこの浅瀬を迂回している


 

 

Copyright(c) 2009 J -wave communications All rights reserved No reproduction or republication without written permission