| 小学生の頃から海外文化に興味を持ち、海外ドラマを見たりラジオを聴いては憧れを強めていたという真輔。高校1年のとき、交換留学生としてアメリカへ渡るチャンスを得た。肌で感じた海外の自由な雰囲気に「なんてかっこいいんだ!」と感動し、翌年の修学旅行の翌日、「退学したい」と申し出て周囲を驚かせた。
単身17歳からの海外生活
幸い、両親も「日本にいても欲求不満でうるさいだけだから」と海外行きに賛成(!?)し、すぐに日本の高校を中退、アメリカ・バージニア州へ留学。夢に描いたアメリカでの毎日がスタートするが、そこでの8ヵ月の留学期間は予想以上に苦難の連続だった。通っていたESLに日本人は真輔1人だけ、家から学校まで片道1時間の道のりを、真輔は毎日なんとヒッチハイクで通った。英語を勉強し始めたばかりの自分に対する反応も、ここバンクーバーとは全く違ったという。「みんな僕の話なんて全然聞いてくれなくて。家から歩いて30分かかるマクドナルドにわざわざ行ってハンバーガーを注文しようとしたら、『お前の英語は何言ってるのか分からない。家に帰れ!』と一蹴されたり(笑)。本当に鍛えられましたよ」。しかしこの経験が真輔を精神的に強くさせ、その後ロサンゼルスに移り住んでほどなく、自らの会社設立にまでこぎつける。ビザ申請手続きの難しさから最終的に諦めざるを得なくなったものの、何物にも代えがたい自信と経験を手に入れて、カナダへとやってきた。
大切な恩師との出会い
運命の出会いはバンクーバーで待っていた。バンクーバーには当初、ワーホリで1年間滞在。その後一旦日本へ帰国し、キャピラノ大学の学生として戻ってきた。2005年の夏、ワーホリ時代に働いていたバーの常連客の1人に、街でばったり再会する。「とても仲が良かったし、何か新しいことをしてみたくて、その人が経営するイベント企画会社で雇ってもらえないかと頼んでみたんです」。
唐突とも思えるこのリクエストだが、信頼関係が既に築かれていた2人の間では何の問題もなかった。すぐに採用され、現在ではイベントの報告記事のとりまとめを行うほか、ときにはマネージャーとしてイベント全体を取り仕切る。スタッフ管理や会場との打ち合わせなど、1日にかける電話は100本以上。苦労も多いが、高級ブランドの発表会やバンクーバーの著名人たちが顔を揃えるパーティーなど、普段足を踏み入れられないような貴重な場を体験できることも。「緊張? 僕はそんなこと考えずにとにかくその場に行っちゃいますね。ネイティブスピーカーと比べたら言葉の壁もあるけど、このチャンスをくれた恩師に感謝しているから最大限得られるものを得たいし、彼のように人との出会いやネットワークを大切に生きていきたいんです」。
バンクーバーの面白さを伝えるイベント情報を日本人向けに発信
真輔は今年3月、『banarita(バナリタ)』というウェブサイトを立ち上げた。日頃から「カナダに来た留学生やワーホリの人たちに、もっと冒険して欲しい!」と考えていた真輔は、イベント企画会社での経験を活かし、バンクーバーで行われるパーティーやボランティアなどのイベント&タウン情報を日本人向けに発信している。地元のイベントに積極的に参加し、バンクーバーの日系コミュニティーを盛り上げようという狙いだ。
例えば、カナディアンのプライベート・カクテルパーティーなどには、正式な招待状がないと入れられないことが多いため、バナリタ側で招待状を手配しその機会を提供する。「バンクーバーって本当に面白い街なんですよ! でも、ただ待ってるだけではその輪に入れない。だから僕の恩師が僕にしてくれたように、今度は僕がみんなの背中を押す番。1万人に1人でもいいから、バナリタを通して人生を変えるような経験をして欲しいですね」。そんな想いを抱く真輔の周りには、バンクーバーのコミュニティーと若い日本人のつながりの輪が確実に広がっている。
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