この20年間に数多くの若者がカナダで暮らし、働き、日本へ戻っていった。しかし、そのまま残って、今もカナダで生活している人たちがいる。今回は、そんなワーホリの先輩たちにスポットをあてて取材してみた。
取材・文 松原厚子、竹内智子、村瀬京子、大井久美子、磯辺友美
カナダワーホリ豆知識 まずは、ワーキングホリデーが始まってから20年間の変化を様々な角度から分析してみた。

バブル崩壊後もカナダドルに対する日本円は、120円から60円までの間で起伏はあるものの、一応円高傾向を保っている為替。物価的には、1986年当時は化粧品が日本の半額程度で購入できたカナダだったが、日本のバブル崩壊後、現在に至るまで日本の物価が全体的に下がったため、両国間の物価に格差は感じられなくなった。
 
カナダのワーホリの数は、ワーホリ制度が1986年に始まって以来、年々増加傾向にある。ワーホリの定員数はワーホリ制度適用国7カ国の中でオーストラリア、ニュージーランドに続き3番目に多い。2002年以降は定員の5千人前後に達し、ここ4、5年ほどは応募が3〜5月までに締め切られてしまうほど、カナダのワーホリの人気は高まりを見せている(定員数は毎年異なる。表は一応の目安)。
1980年代はバブル絶頂期の日本からカナダを訪れる観光客も急増し、観光関連業が拡大したため、日本食レストランなどの飲食店関係だけでなく、旅行関係やお土産屋などの求人も増えた。求職情報が豊富な今とは違い、当時は地元の新聞や情報誌で探すか、飛び込みで直接アプライするしかなかった。1990年代になると、観光産業より飲食店や造園業などの仕事を得る機会が多くなった。
今でこそ、カナダではインターネットによる情報収集が主流となっているが、インターネット普及前は、日本食料品店や留学センターなどの掲示板が主な情報源になっていたようだ。また、日本語フリーペーパーや地元の新聞も情報を得るのに重要なのは現在と同じ。インターネットが普及していない時代には、口コミによる情報のやりとりは貴重だったがデマも多く、情報に振り回されることも多かったという。
今のカナダのワーホリにとって主要な部屋探しの情報は、インターネットが一番手軽。いい部屋はすぐに借り手がつくので、住まいを探す人は、常に新しい情報をチェックしておく必要がある。昔のワーホリにとってインターネットの代わりは、フリーペーパーや新聞、大学の掲示板がメジャー。また、欠かせないのが友人のネットワークによる紹介などであった。 1988年当時はダウンタウンの1Bed roomが$400位だったという。
近年の移民の増加を見ると、日本人の移民の増加率はさほど上がっていないのに比べて中国系、韓国系のアジア移民率は急速に上がっている。特に1997年の香港中国返還を機に香港からバンクーバーへの移住者が急増した。一方で、日本人や韓国人のワーホリやビジター、留学生の数は近年大幅に増大しているため、近年ロブソン界隈には、韓国人と日本人相手のお店が軒を連ねるようになった。

 
 

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