■猪田 雅公さん
ヤマセトレーディングLtd. /
QICエンタープライズ代表

●WH制度を利用した年(期間):1992年(1年間)
●カナダ滞在歴:14年
ワーホリの目的はスキー。出発の3日前に入籍し、新婚旅行を兼ねた渡加だった。暮らしにも慣れ、最大1年では短いと、ワーホリ期間中に自ら起業に踏み切り、ヤマセトレーディングを設立。2001年にはQICエンタープライズも設立、ユニークなアイデア満載で人気店となる。
  ■加藤 貴子さん
幼稚園教諭
●WH制度を利用した年(期間):1991年(10ヵ月間)
●カナダ滞在歴:12年
日本では幼稚園教諭として勤務。ワーホリ期間中は一度も働かず、当初の目的だったホリデーを満喫。帰国前にインターナショナル幼稚園での就職を決めて日本へ。その幼稚園で勤務している時に、現在のセントジェームス幼稚園の園長先生と出会い、現在に至る。
  ■斉藤 光一さん
写真家
●WH制度を利用した年(期間):1988年(6ヵ月間)
※1985年にオーストラリアでワーホリ経験あり
●カナダ滞在歴:8年
ワーホリ期間中は、グラウスマウンテンでスノーボードにのめりこむ。帰国後、地元長野でスキー・スノーボードの金具設計の仕事をしながら、スノーボードのプロを目指すがケガで断念。長野で出会ったカナダ人と結婚。現在は写真家として活躍し、Oops!の表紙なども手がける。

  ■渡部 美奈子さん
移民コンサルタント
●WH制度を利用した年(期間):1992年(1年間)
●カナダ滞在歴:14年
日本では広告代理店で勤務。渡加後、最初の3ヵ月はジャパレスでウエイトレス、さらに旅行会社でも働く。午前中に通っていたESLで仕事を任され、そこからワークビザが出る。1995年に移民となる。現在は、自身も移民申請を依頼したというCan-Achieveで勤務。
  ■堀田 直人さん
ファイナンシャルアドバイザー
●WH制度を利用した年(期間):1988年(1年間)/1991年(1年間)
●カナダ滞在歴:14年
アメリカを約3ヵ月旅行後、カナダ東部より入り、横断。バンフでディッシュウォッシャーとして働き、現在の奥様と出会う。また1991年に2度目のワーホリで渡加。1995年から10年間、ICASの事務局長兼プロデューサーとして活躍。現在はFreedom55 Financialでファイナンシャルアドバイザーとして勤務。

 

■気分はホリデー。でも、何でもやってみようと意欲的だった僕たちのワーホリ時代

※敬称略
猪田:大学時代、カナダにはスキーをしに来たことがあって。ワーホリの目的も、とにかくスキーがやりたかったから。でも最大1年じゃ短すぎる、また来年も…と、少しずつ考えるようになって。長い滞在を考えると、生活のことを考えるわけですよ。ワークビザを取得するには、どこかに勤めるか、もしくは自分で起業するかのどちらか。雇ってもらえないなら、自分でやるしかないって。ボランティアなどをしながら、いろいろな人にお話を聞き、起業を決意しました。

堀田:当時、「何でもやってみよう」みたいな本があって。外に向かおう!という気持ちが自分の中で高まった時期でした。当時、中曽根さんが首相だった時に、ちょうどカナダとのワーホリ制度が出来上がった時期でもあって。カナダの隣、アメリカにも興味がありました。アメリカ旅行のいでに、カナダで1年間、海外暮らしをしてみよう、新しいことをやってみようみたいな。大学を出たばっかりだったんだけど、とにかく世界を見たいってことで。初めての海外でした。

加藤:カナダを選んだ理由は、アメリカが近かったということが大きい。あと、ずっと留学したいなって思っていて。みなさんも当時、思っていたと思いますが、1年居たら、英語がペラペラになる!って信じていました(笑)。日本を飛び立つ人も、その人を見送る人も、1年居たら英語がペラペラになるって。しかも、自分が帰国する頃には、見送りに来る人はみんな白人で…って、そんな夢を持っていました(笑)。でも、来て2日で、それは無理だということに気付きました(笑)。

渡部:2日ですか? 悟りが早い!(笑)

加藤:何も努力しなくても、英語がペラペラになると思っていた。でも、現実はそうじゃなくて、日本人とばかり遊んでいました。でも、それが本当に楽しかった。気持ちさえ切り替えてしまえば、本当に楽しい。

渡部:日本に居たときは、広告代理店で勤めていて、とにかく残業が多くて。朝刊に間に合わせるように、朝4時まで働いたり。ちょっとブレイクを取りたい、って考えるようになって。友達が、ニュージーランドにワーホリに行っていて、「楽しいよ」って聞き、「1年くらいどうってことないや。また帰ってきて働けばいいや」って。片道チケットだけ買って(笑)。でも、当時は英語が全然できないし、どこでチケットを買えば良いのか、日本語が通じる旅行代理店もわからない。2週間目で、すごく帰りたかった(笑)。でも、会社で大きなお別れパーティーを開いてもらっていたこともあって、2週間では帰れないっていうのと、帰りのチケットの買い方がわからないっていうので。

斉藤:カナダに来る前に、オーストラリアへワーホリに行っていました。自分を見つめ直そうと思って。お金はないけど、時間はあったので、グレイハウンドで、北米をあちこち旅しました。ワーホリ中は、中古のスノーボードを買って、毎日バスでグラウスマウンテンに通っていました。山全体でボーダーが4、5人の時代で、すぐにボーダー同士仲良くなり、教え合ったりしていました。日本に帰国後、地元長野でスキー・スノボーの金具設計の仕事を得て、スノーボードの店を自分でオープンさせたので、この経験は本当に大きかった。出身が長野なんですけど、そこでもワーホリに行ったのが最初の方だったから、親戚の親戚が電話かけて聞いてきたり。今みたいに情報がないから。「ワーホリってどうなの?」って(笑)。

■ドラマ『ライスカレー』に刺激されてカナダにやって来た!!!

堀田:当時は今よりもずっとカナダっていう国が知られていなかったし、自分自身も最初アメリカを目指してきたわけで、ついでにカナダっていう感じで。カナダってどんな国だろう?って、ほとんど知識がなかった。

加藤:最初にバンクーバーに来たときは、時間の流れがゆっくりだなぁって思いました。

猪田:前からここにいる私たちにとってみれば、今は時間が早くなったと思うけど、最近ここに来た人にしてみれば、やっぱり日本に比べて、ほんの少しゆっくりに感じるんじゃないかな。

加藤:オーストラリアに行ったこともあるけど、私はカナダの方が楽しいなって思います。




斉藤:私の頃は、『ライスカレー』(※注1)に感化されてきた人がほとんどだった。
(※編集部注釈1:『北の国から』の脚本家で有名な倉本聰氏のドラマ『ライスカレー』(1986年)の舞台がカナダ西部だった。時任三郎、陣内孝則などが出演)

堀田:私のワーホリ同期は、そのドラマの影響で、ログビルダーになりたい人が多かった。

加藤:あれもう一回見たい! ラック・ル・ジューン(※注2)に何度も行きました。あそこは、カナダって感じがします。
(※編集部注釈2:カムループスから車で南へ約20分のところにある湖。その一帯は州立公園。『ライスカレー』の収録のために作られたログキャビンが今でも現地にある)

渡部:話変わりますけど、ジャパニーズカナディアンのお友達に聞いたことで、戦争の時、English Bayにはアジア人は入れなかったらしいんです。だから、アジア人はみんなキツラノビーチに行っていたらしいですよ。

堀田:それはブリティッシュプロパティ(※注3)もそうですね。
(※編集部注釈3:カナダ屈指の高級住宅街ウエストバンクーバー)

斉藤:私はバンクーバーの方が差別を感じないですね。娘の学校を見ていても、ここは人間として、「差別=悪」みたいな空気があるから。

■ケータイもパソコンもない時代の情報収集法はもっぱら口コミ?!

渡部:コンビニ屋の2階にいろいろ貼ってあったので、それを見て情報収集していました。

堀田:当時、コンビニ屋ってありました?

渡部:私が来た1992年はありました。

加藤:1991年の秋にできたと思う。その他の情報源は、やっぱりクチコミが多かった。誰々が言っていたとか。だから、ウソも多かった(笑)。

堀田:やっぱりクチコミかなぁ。あと、英語の情報紙を見て、電話をかけたり。情報源がないのが当たり前だったから、それはそれで、なんとかなりました。今は、逆に情報がありすぎるので、その選択を慎重にしなきゃいけないですよね。

斉藤:ほとんどの人が『地球の歩き方 カナダ編』を持っていた。当時は西部編とかはなかったな。あと、無料の日系誌『アドバルーン』(現在は休刊)や『バンクーバー新報』(当時50セント)を頼りにしていました。それだけでも、あまり困った思い出はないので、情報などは自分でアンテナを張っていれば入ったと思う。

■25歳が上限だったワーホリ制度

猪田:僕の場合は、少し特殊なワーホリだった。当時はお金がなくって、走ってダウンタウンまで行ったりしていました。でも、走ったことによってお腹が減って、余計食費がかかる…みたいな(笑)。でも、カナダで長く暮らしたいと思って、がんばっていました。

堀田:ワーホリがなかったら今の自分はない。ここにいた時の思い出とか、大学時代も青春時代だったけど、ワーホリの時の思い出も大切にしています。私の大きな財産ですね。

斉藤:日本に居たら忙しいじゃないですか。散歩する時間もないし。だからワーホリは、自分を見つめ直す時間。スッと気が抜けて、まわりに誰も知っている人いないし。今までの二十何年間、どうだったのか?これからどうしようか?など、考える時間だった。お金はないんだけど、時間はある。自分に浸っている時期(笑)。あと、男性で来るって少ないですよね。今はそうでもないかもしれないけど。「どうするの、オマエこれから?」みたいな(笑)。私の頃はワーホリは25歳まででした。

渡部:そうですよね。同じ会社に戻れないですもんね。たしか、当時はニュージーランドだけ30歳でした。

斉藤:昔は定員もなかったし、まだカナダに来る人が少なかったから。学校に行くなら役所に届け出しなきゃいけないとか、定義ありましたけど。うちの奥さん(カナダ人)はワーホリを使って3度、日本に行っていました。

渡部:当時は一応、25歳までだったけど、30歳以下でも考えるよ、みたいな定義でした(笑)。ちょっと話は変わるけど、昔は移民をしたい人は女性の方が7:3の割合で多かったけど、最近は男性が増えてきたのもちょっとした変化ですね。

斉藤:私たちの頃と一番大きく違うのは、当時は25歳まで、そして現在は30歳まで。だから、今のワーホリの人たちはもっと切迫しちゃうのかなって。30歳に近くなればなるほど。将来的に日本に帰って働くって決めているんだったら、ホリデーを割り切って楽しんだ方が良い。旅でも何でも良いから。折角カナダにいるのに、ロッキーを越えない人が結構多い。

加藤:私、越えていないです(苦笑)。

斉藤:トロントやモントリオールなどの東部にも行かないでワーホリを終えてしまうのはもったいない。最後お金がないんだったら、そこでダラダラ2ヵ月間過ごすよりも、そのお金を持って、グレイハウンドで旅に出た方が良い。

加藤:本当にそう思います。もっと割り切って、ホリデーを楽しんだ方が良いと思います。

斉藤:あと、カナダじゃお金は貯まらないから。日本で貯めてくる方が得策。

加藤:私はそんなにお金を貯めてこなかったけど、ワーホリ中は貧乏ってことを楽しめた。

■今のワーホリは個性が弱い…!? がんばれ、若者!

堀田:私たちがワーホリの頃は、もっとボロボロの格好の人が多かった。あとは、カナダや海外に出てくる人って、もっと内面的に個性のある人が多かった。日本からはみだす、じゃないけど、そういう人が多かったですね。「世界を自転車で一周してみよう」とか。

猪田:最近は、「うぉー! スゴイな!!」って人たちが、前に比べて少ない気がする。自転車で南米まで行くとか、カヤックとかでカナダを北上するとか、カナダで一番高い山に登ってきたとか、そのまま世界一周するとか。危ない思いしつつとか…。そういう話を聞かない。でも、人数は増えているから、割合としたら多いはずなんだけど。自分が知らないだけかも知れないけど。ま、極端な話だし、誰しもできることじゃないですし。でも折角だから、旅行すれば、とは思う。

堀田:「何でもやってやろう!」って、チャレンジ精神で。遊びでも仕事でも何でも良いから、一生懸命やれば良いと思います。気持ちだけでも前に進めるように。あと、いろんな人に会うことも大事ですね。外国人だけでなく、日本人とも。

渡部:ちょっと話は免れるんですけど。以前はビジタービザで渡航しても、クレジットカードが作れたんです。最近、カードを作るのに条件が厳しくなった原因は、携帯電話代や家賃をカードで支払う人がいて、その人たちが結局払わず(口座から引き落とせない)に帰国してしまったから。そういう後の人のことを考えない無責任な行動をする人がいるのが少し気になりますね。

斉藤:昔と違って、今は海外が近くなったから、いろいろなことを安易に考えてしまうのかな。例えば長野から東京に行こうみたいな。昔だったら、一大決心で来るわけですよね。

猪田:でも、あまりにも短いよね。1年間って。普通の生活の基盤を整えるのにも時間がかかるし。さぁ、ボランティアでもしようかって、どこかの協会に行って、見つけて。そこで友達と出会っても、すぐに仲良くなれるわけでもなし。そこで半年くらいは経ってしまっている。そして、仕事があるよって教えてもらっても半年もない。で、ビジターで残れるんだよって言われても、もう資金がないし…って。最初から1年半の予定で来ていたら良いけど。最初は1年でいろいろできて、英語も話せるかなって思いきや…。ワーホリは一度きりだし。最初に学生ビザで、学校に行って勉強してから、生活の基盤を整えて、それからワーホリで来るのが一番充実した経験ができると思う。今はインターネットで仕事先もアプライできるわけだし。

斉藤:カナダに来る人は真面目な人が多いし、また自然、スポーツが好きな純情な人も多い。でもそれが逆効果で、小さなことで考え込んでしまう人が多いような気がします。カナダ滞在のために一生懸命お金を貯めて来たのだから、夢にまで見たカナダ生活を満喫すべき。悩んだら、自分の部屋で悩んでいないで、外に出て公園の芝生の上に寝転がり、地球儀上で自分の位置を頭に思い、我ながら良くここまで来たなって(笑)。日本にいるカナダ人で、日本語が上手くできなくて深刻に悩んでいる人に会ったことがないので、Looks Japaneseのみんなが、ここで英語ができなくても悩む必要ないと思う。勉強すれば良いだけですし、そんな事で悩んでいる暇あったら良い風景と出会うために街に出るべき!


会の最後に「やっぱりワーホリって特別の時間だね。今度は新しいワーホリさんともワーホリ談議したい」と誰からともなく声があがった。ワーホリ時代の仲間はほとんど日本に帰国してしまったというみなさん。ワーホリという貴重な時間を通して、時代も時間も飛び越え、共感できることがありそうだ。これを機会にワーホリ同窓会の企画も近々立ち上がりそう。興味のある方は、Oops!編集部まで。
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