佐竹 翔(さたけ はるか)  大道芸人名:Joy
生年月日:1986年4月15日 東京都出身
好きな言葉:やらぬ後悔より、やった後の後悔
モットー:面白いより楽しく
愛読書:司馬遼太郎著『竜馬がゆく』
受賞歴:2006年3月、『第4回群馬お笑い・グリーンドーム劇場』で、ジャグリング漫才を披露して【群馬TV賞】受賞
URL: http://members3.jcom.home.ne.jp/daidou-geinin-joy/【大道芸人Joy】
Joyの演目:ディアボロ、ジャグリング、バルーンアート、マジック、パントマイム
目標人物:世界的に知名度がある“ストリート宴会芸人”サンキュー手塚氏


カナダ一周大道芸の武者修行中に知り合った、カナダで人気のあるパントマイム芸人と共に

夢を追う。これは、子供すぎず、大人すぎない者にだけ許された特権。
バンクーバーにも、そんな夢追い人たちがいる。彼らが追いかけるものとは何か。
どのようにしてその夢とめぐり逢ったのか。
彼らは今、この街の空気の中で何を感じているのだろうか。
彼ら1人1人が自らの中に秘めているストーリーを聞く。

                       
舞台など必要としない。
人と直のふれ合いだから…
第46回:練馬発世界行きの大道芸人

           はるか

Joy【本名:佐竹 翔】(20歳)

ロブソン通りにある美術館の前にさしかかると、シルクハットを被った東洋人らしき一人の若者が、不動のポーズで立ち尽くしているのが目に入った。足元には“みなさんどうもこんにちは、僕は日本の大道芸人Joyです”と書かれたプラカードが…。パントマイムを中断して語ってくれる彼の熱き思いに、さあさあお立会い!

 
 


プラットホーム:

ジュニアリーダー練馬地区
 恥ずかしがり屋で泣き虫の翔が脱皮をし始めたのは、小学校5年―ボランティアやアウトドア活動を通じてリーダーを育てる“ジュニアリーダー養成講習会”練馬地区に入会してからだった。そこでは、キャンプファイヤーなどで場を盛り上げるスタント(小芝居や余興)をしなければならない。最初は照れていた翔も、回数を重ねるごとに皆の前でのパフォーマンスに喜びすら覚えるようになり、それが彼の自信へと結びついていったのである。高校生になると、小学校におけるレクリエーションゲームの指導のほか、講習会を補佐する協力者としての役割をも担うまでになった。


先発:大道芸行き

 高2の夏、ジュニアリーダーの仲間から「児童館の祭りで子供たちにディアボロ【注】を見せるので、出場しないか」と誘われた。「じゃ、出るわ!」と安請け合いしたものの、練習期間は2週間しかない。友人から猛特訓を受けて立った初ステージ。コマを回すことだけで精一杯だったにもかかわらず、会場は拍手と嬉しそうな笑顔で満ち溢れている。その熱気に戸惑いながらも、“もっと上手くなれば、この歓びの輪と一体になれるはず…”。人前で実演することで、人を楽しませることへの感動を肌で知った翔は―この時―大道芸人Joyとして生まれ変わったと言えるだろう。【これ以降芸名Joyで表記】その後、ある程度ディアボロをこなせるようになると、次はジャグリングに挑戦。扱えるボールやボーリングピンの数が増えるにつれその魔力に引き込まれたJoyは、ジャグリング同好会『太神楽団』を旗揚げし、各種催し会場やフェスティバルでのお披露目公演にと打って出る。
【注】ディアボロ:糸を張った竿を両手で持ち、その糸の上に鼓状のコマのくびれを乗せ回転させる空中ゴマ。

 

次発:『カッパ・de・ぴあ』行き
 その働き掛けが実り、徐々に名も知れ渡ってきたある日、障害を持った人たちがメインの劇団『暁座(ギョウザ)』に、ボランティアの一環として舞台セッティングの手伝いに馳せ付けた。その折座長から、ジャグリングをするピエロの役を求められ、それを引き受けたのが縁となり、劇団に所属することに。その後、『暁座』は演劇よりも触れ合い活動に力を入れる別団体『カッパ・de・ぴあ(カッパと仲間たち)』を創設。そこに移籍したJoyは、ジャグリング漫才やコント、子供たちとの紙芝居作りに大わらわ。また、その合間を縫ってバルーンアートやマジックを物にするなど、充実した日々を積み重ねて行くのである。

次々発:カナダ経由世界行き
 ジュニアリーダーや劇団の活動を除いては、可もなく不可もない高校生だったが、高3の頃より、学童クラブの臨時職員やレストランでのバイト代を資金に、ふらり旅に出るようになる。気が赴くまま近くは箱根、はたまた近畿や山陽方面までさすらったものだ。
 将来はもとより、すでに大道芸人の道を歩み出しているJoyは、高校卒業後、海外の大道芸も観てみたいと2006年5月、ワーホリでカナダ・カルガリーへ。ESLで2ヵ月学んだ後、1ヵ月ほどキッチンヘルパーをするが、カナダへ来た目的を果たすべく、カナダ一周大道芸の武者修行へと旅立つ。8月8日カルガリーを出発、アルバーターからオンタリオ、ケベック、ノバスコシアなど各州を遍歴、途中ニューヨークまで足を伸ばし、最終地点がここバンクーバー。その道中は決して平坦ではなく、スランプに陥ることも度々あった。だがその結果、パントマイムがJoyの新たな演目として加わることに…(インタビューは10月4日に行われ、その後Joyは、次なる巡業の準備をするため、カルガリーへ帰って行った)。




  「ここに座って何もしなければ、世界になんか到達できる訳がない」

―何故カナダへのワーキングホリデーを、そしてカルガリーを選ばれたのは?
Joy:姉が以前ワーホリでカルガリーにいたので色々話を聞いており、その影響でいつしか身近な外国都市として感じていたからです。
―大道芸の難しさは?
Joy:いかに観客を沸かすことができるか。そのポイントは、いかに自分自身がパフォーマンスを無邪気に楽しめるか! それに懸かっていると思います。
―大道芸の魅力とは何でしょうか?
Joy:やってもやってもゴールが見えてこない。例えばディアボロ、世界のプロは最高で4コマ回しますが、自分はまだ2コマです。ジャグリングの場合、世界記録はボール11個ですが、僕は5個。そこで猛然と挑戦心が…。また、演じればその場でお金が来るのも魅力。そして、お客さんとの一体感。笑顔に出会い、心が触れ合い、ますますハマり…。
―パントマイムを演目に加えられた経緯は?
Joy:音楽としゃべりを入れていつものようにジャグリングするのですが、数日粘っても人が集まらず収入はゼロ。「何とかしなければ!」と焦ってスランプに。そこでジャグリングのことはしばし忘れ、パントマイムの動きや表情の稽古を始めたら、見物人が集まり出して…。無言のパントマイムは、言葉の不自由な外国でも効果が期待できるし、他に何をするにもジェスチャーに色やセンスが出せるだろうと、前から少しずつ独習を始めてはいたのです。でも、それには強烈なイマジネーションが必要。例えば、壁があるのを演じる場合、実際そこに壁が存在することを強くイメージしなければなりませんしね。



 

 

―カナダと日本での大道芸に対する違いは?
Joy:カナダはチップの習慣があるので、面白ければお金をくれるけど、その習慣がない日本では、収入を得るのはなかなか大変。大道芸に対してまだまだ差別もありますし…ですが、日本に戻れば積極的に路上に立つつもりです。お金のためではなく、経験のために。
―路上パフォーマンス、緊張しませんか?
Joy:人前に立ったとき、最初はガチガチでした。今でも、道端にしゃがんで衣装に着替え、「さてっと、…アレ!?」緊張のあまり足がすくんで立ち上がれない時があるんです。そんな時は、“ここに座って何もしなければ、世界になんか到達できる訳がない”と自分に言い聞かせ、手で足を掴み、持ち上げ立ち上げ1歩進ませる。やり始めればどんどん集中し、何も気にならなくなるのですが…。
―Joyさんにとって、人生の転機となったことと言えば何でしょうか?
Joy:19歳で練馬地区長を任されたジュニアリーダー。ここに入ったことが原点です。そこで巡り会った仲間たちがいたからこそ、人生の目標であり、自分の全てである大道芸に出会えましたから。
―高3の時、よく旅をされたそうですが、その理由は何だったのですか?
Joy:旅に出ることにより、回りの景色や環境、そして心模様が変化し、別のものが見えてくるんですよ。そこからまた新しい何かが始まるんです。
【“派手な芸能人にはなりたくない。身近で観客の息吹を感じることができる地味な大道芸人であり続けたい!”弱冠20歳で大道芸の頂点を目指し、脇目も振らずひたすら突き進むJoy。彼にエールを…乾杯!】
聞き手・三木唱平


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