佐々木 信吾 (ササキ シンゴ)
1980年、北海道苫小牧市生まれ。小、中、高校のアイスホッケーチームは選抜大会全国1位、大学では1、2回生期全国1位、4回生期全国3位という成績を納める。大学アイスホッケーチームのコーチを経て、2005年2月にワーキングホリデービザを取得し来加。趣味はビリヤード、釣り、読書。座右の銘は「日々精進」。
UBCのチームメイトと
研磨の仕事は経験がものをいう
夢を追う。これは、子供すぎず、大人すぎない者にだけ許された特権。
バンクーバーにも、そんな夢追い人たちがいる。彼らが追いかけるものとは何か。
どのようにしてその夢とめぐり逢ったのか。
彼らは今、この街の空気の中で何を感じているのだろうか。
彼ら1人1人が自らの中に秘めているストーリーを聞く。


夢の大舞台NHLを支えるワンパーツになりたい!
第35回:Equipment Manager修行中
佐々木 信吾(25歳)


物心ついた時にはすでにアイスホッケーのスティックを握り、現在に至るまでアイスホッケー一筋で過ごしてきた青年がいる。佐々木信吾、25歳。ここホッケー王国カナダにてNHL選手の道具を管理、手入れをするEquipment Managerの道を掴むべく、新たな一歩を踏み出した。

 

寝ても覚めてもアイスホッケー
 信吾はアイスホッケー好きな両親の影響で、小学校に上がる前からホッケースティックを持っていた。実家の裏庭には、父の作った小さなホッケーリンク。子供の頃の思い出といえば、校庭のリンクで辺りが真っ暗になって、もうやめなさいと親に叱られるまで、友人たちと夢中でアイスホッケーに没頭したこと。父親と一緒に衛星放送のNHL中継を食い入るように観戦したこと。明けても暮れてもアイスホッケーの日々を過ごした少年時代。在籍したチームは全国大会でも数々の実績を納めた。「疲れてるとか眠いとかで練習に行きたくないな、と思うことはありましたが、ホッケーをやめたいと思ったことは、一度もないですね」と、はにかみながらも、信吾は真っ直ぐ前を向いて語る。

大学チームのコーチを経て得たことは
 進学した東京の大学でもホッケー浸けの日々は続く。フォワードとして活躍した信吾だったが、日本人選手の中でも小柄な彼には、卒業後は選手としての道を進むよりチームを支える一員として、ホッケーに関わって生きていきたい、というのが自然な選択だった。その頃はまだEquipment Managerというポジションの存在を知らなかった。まだまだマイナースポーツとして扱われる日本のアイスホッケーシーンでは、Equipment Managerの需要は、ほとんどないのだ。しばらくして、母校の大学の監督からコーチを探しているという朗報が入る。だが、アルバイトをしながら大学、高校国体チームのコーチをワンシーズンやってみて、当初の期待とは裏腹に時間とお金だけ費やした、というのが正直な感想だった。そんな時コーチ役を通じて、休暇で帰国中の、海外で活躍する日本人ホッケー選手と知り合いになり、Equipment Managerの存在を知る。

「コーチは実際、僕には全然おもしろくなかったですね。でもそのおかげで、実業団の選手やナカジさん(Oops! Sports)とも知り合いになれたし、今に繋がる人脈ができたのも事実です」。現場で選手と直接関わり、その道具を修理、管理するEquipment Managerの仕事。俄然興味が湧いた。自分の進むべき道が見えたような気がした。

ホッケー王国カナダへ
 目標が定まれば、あとは実行あるのみ。NHLに憧れ、高校生の頃から訪れてみたいと思っていたカナダの地に、信吾が降り立ったのは昨年2月。「バンクーバーへはナカジさんを頼って来ました。彼の知り合いがホッケーショップを経営していて、昨年からUBCのコーチにも就任したので、Equipment Managerのボランティアを紹介してもらったんです」。信吾は現在夜遅くまでレストランでバイトをしながら、UBCチームでEquipment Managerとしての経験を積む忙しい日々を送っている。人懐っこい笑顔の中に、ホッケーへの情熱と真摯な姿を秘めた日本人Equipment Managerの姿をNHL中継で垣間見る日は、そう遠くないのかもしれない。



  「バンクーバーをスタート地点にして、どこでも行きますし、何でもやります!」

―Equipment Manager(以下EM) になりたいと思った一番の理由は?
信吾:NHLに関わる仕事がしたいから、ですね。コーチはやってみて自分向きじゃなかったし、NHLのチームでコーチをするというのは、僕にとっては全く現実的じゃない。レフェリーも考えてみたけど、EMを知ってからは、これだ、と。NHLでもいろんな経歴の人がEMとして働いているようです。日本にもEMは1人だけいるのですが、ここに来る前に、その人に合って話を聞いてみて、これはおもしろそうだと感じたし、道具の管理や修理といった仕事には、日本人が向いているんじゃないかとも思いますしね。

―UBCでのボランティアについて教えてください。
信吾:楽しいですよ。UBCにはEMとして実際に働いている人がいて、僕はその人のアシスタントなんです。EMは悪く言えば雑用係。選手より先に来て、掃除をしたり、練習の後も洗濯や片付けをして、鍵を閉めて帰ります。一番重要な仕事はスケートの刃の研磨。これがきちんとできてないと、試合中に選手が止まれなかったり、曲がれなかったりするんです。身体に着けるものはけがに直接繋がります。選手たちが、こんな僕でも信用して道具を任せてくれて、Thanks!とかGood Job!とか労いの言葉をかけてくれるのは、すごく嬉しい。

―今までで一番苦労したことは?
信吾:英語ですね。常に悩みますよ。それなりに会話はできても、後になってあの時ああ言えば良かった、と落ち込んだりもします。UBCのチームでは日本人は僕1人。初めの頃は身振り手振りでなんとか意思の疎通をしてました。これはもう、勉強するしかないな、と実感してます。みんなフレンドリーで、めげずに僕に話しかけてくれますからね。

 

―落ち込んだ時は、どうやって復活するんですか?
信吾:寝ます。睡眠大好き。よく眠ってすっきり起きたら、よし頑張るかな、と。

―好きなNHLのチームは?
信吾:Tampa Bay Lightning。自分と同じくらいの年の選手が多い、若いチームなんです。でも、どのチームで働きたいというこだわりは、全くないですね。ここがスタートになればいいな、とは思いますが、どこでも行きますし、何でもやります!

―10年後の自分像は?
信吾:EMになっているはず、です。NHLで、とは言えないですけど。でも何十年かかってもNHLでやってみたいです。

―今年の抱負をどうぞ。
信吾:日々精進。EMになるための技術と経験を身に付けて、今日よりも英語が話せるようになる!

聞き手・文 三好茜