“日本の喫茶店”のような溜まり場を提供したい
ラウンジ『SLOWFOOD』オーナー 川本浩さん (32歳)
 貪欲に変化を求め、常に夢を追いながら辿り着いたバンクーバーで、自らをも癒す空間づくりに没頭する男。その周りにはいつでも人の輪があった。温かなハートとたぎる情熱が築きあげた人脈。彼をここまで導いたのは、「人」だった。
川本 浩(かわもと ひろし)
1970年、香川県生まれ。18歳で渡米し、8年間におよぶ留学生活を送る。日本でアイリッシュパブの店長を2年勤め、その後カナダ移住を決意。永住権取得後、昨年7月イエールタウンにラウンジ『SLOWFOOD (旧KNOSH)』をオープン。
モットー:「人にやさしく」
ゼロからの出発
 「はじまりは現実逃避だった」
 日本の学歴社会に辟易し、高校卒業後は迷わずアメリカ留学への道を選択。海外渡航経験ゼロ、英語力ゼロ。「いっちょ金でも掘り当ててやるか」…そんな野望だけを携えてシンシナティーに降り立ったのが14年前。「先のことを考えられるほど賢くなかった」と、川本は当時を振り返る。将来のビジョンも「まったくのゼロ」だった。
 渡米するやいなや、様々なトラブルが若い川本を襲う。言葉の壁。「YES」「NO」、最初はそれすら口にすることができなかった。部屋のドアに生卵やトマトをぶつけられたこともあった。アジア人に対する謂れのないバッシング…。理想とはかけ離れた留学生活が始まった。
 その中で自分自身と向き合うことを学んだ。いろいろな奴がいる。世界の広さも実感した。そして、男としてひと回りもふた回りも大きくなった8年後、アメリカでの生活にピリオドを打つ。

 しかし8年という年月は彼にとって長すぎた。
東京でアイリッシュパブの“雇われ”店長として働くようになり、はじめて自分が日本の社会に適応できなくなっていることに気づいた。あふれかえる人波、煩わしいしがらみ…。生活基盤を再び海外へ移す決心をするまでに、それほど時間はかからなかった。
 10年ほど前、“留学=アメリカ”、そんなひらめきにも似た図式に従い渡米を決めた川本。転機とも言える2度目の海外移住の地をカナダに決めたのも、「直感」だった。

運を呼ぶ男
 バンクーバーでの学生生活を経て永住権を取得してからは、「何かに導かれるかのように」してここまで来たという。知人の紹介で現在の物件を手に入れ、信頼できるスタッフにめぐり逢い、今度は“雇われ”ではない正真正銘のオーナーとして『SLOWFOOD (旧KNOSH)』をオープン。
 昔から漠然と抱いていた夢のひとつ、それが「ゆったりと寛げる“日本の喫茶店”のような店を持つこと」だったという川本。その思いがここカナダで遂げられようとは彼自身も予想していなかった。
 「運が良かっただけですよ」
 彼はそう言いながら人懐っこい笑みを浮かべる。いや、違う。彼の人柄が運を引き寄せるのだ。仲間たちに向ける尊敬の眼差し、彼らの魅力を嬉しそうに語る姿、くるくると変わる豊かな表情。まるで少年のように純粋でまっすぐな生きざまが周囲の共感を呼んでいるのに違いない。
 渡米直後からぶつかり続けている言葉の壁、十分なノウハウもなく始めたオーナー業…、苦労をあげればきりがないが、そこにはいつも仲間たちの力強いサポートがあった。

 訪れる者はもちろん、彼自身をも癒してくれる空間――。川本はこの店を、そんな癒しの場にしたいと考えている。「スケートボードを抱えた子たちが、ぶらっと寄ってゆっくりメシを食っていくような。急いでいる人はファストフード店へどうぞって(笑)。うちは“スローフード”を提供していきたいなって思うんです」。
 まだまだ発展途上だが、いくつものアイデアを反映して創り上げられていくハンドメイドのラウンジには、川本の、そして彼を慕い支える仲間たちのスピリットが宿っている。

開放的な空間とこだわりのインテリアが、リラックスムードを演出する。
将来的には地元アーティストのための作品展示スペースづくりも視野に入れている。
「興味が変われば素直に針路変更。
常に楽しいことを求めていれば、道は開けるはず」


影響を受けた人は?
川本 友人のヤスと、うちのシェフのピーターですね。ヤスはプラス思考で自然体。彼の快活な生き方にはかなり感化されています。お互い人見知りをする性格なので、打ち解けるまでには多少時間がかかりましたが…。 ピーターはとにかくイージーゴーイング。僕がストレスを溜めやすい質なんで、それをうまくコントロールしてくれています。

人見知りをするタイプには見えませんが。
川本 実はそうなんです。普段はこんなにテンション高くないですよ。朝起きてシャワーを浴びるとパチンと仕事モードにスイッチが入るわけです。「大雑把で気にしい」という矛盾した傾向も持ち合わせていたりして、自分でもよくわからなくなる時が…。少し前まではわりと悩みがちだったんですが、円形脱毛を発見して以来くよくよするのはやめました(笑)。

この先の展望を教えてください。
川本 僕、ゴールはもう決めてるんです。救急車に同乗するパラメディック(救急救命士)になりたいんですよ。友人が不慮の事故で亡くなったのがきっかけなんですが、その資格を取るには途方もない時間と勉強が必要なんです。このお店を続けつつ、10年後にはその夢を実現させていたいですね。でもそれ以外にまたやりたいことを見つけてしまったら、そちらになびいていくんでしょうね。そういった気持ちの変化には素直に順応していけばいいと思っています。

夢を見つけたり、実現したりするコツってどんなことだと思いますか。
川本 25歳を過ぎてからよく考えるんですよ。1度きりの人生なんだから楽しまなきゃ損だな、と。常に楽しいことを探していれば、興味のベクトルが何に向かっているかがわかってくるはず。これまでの僕の人生は“運”の占める割合も大きいですが、それは好きなことに打ち込んでいれば誰にでもいつか訪れるものだと思いますよ。重要なのはその気運に乗り遅れないこと。そのためにも人脈を大切にし、常にアンテナを張っていたいですね。あとは「どれだけ人がビックリすることをやらかすか」ってこと。これが僕なりの人生を楽しむコツですね。
(文中の敬称略。聞き手・文:白木晶子)
 
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