『ワーホリその後』
熊男です。また旅してます。今回は暑いところが多くて、嫌になるね。バンクーバーの涼しい夏に慣れてしまったせいか、蒸し暑いところは耐えられない。そんなこと言ってたら梅雨のある日本に帰れないね。汗でびっしょりで、ワイシャツから乳首が浮き出たオヤジと満員電車で密着するなんて、考えただけでぞ〜っとするね。

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Oops!のホームページには熊男の掲示板もあるからね。
先月掲示板新しくしたから、寄ってみてね。

ロングバケーション                 
TSさん 4年前のワーホリ   


 私がワーホリでカナダに行ったのは、高校を卒業して7年間働いた会社を辞めたあとでした。この頃は、長年付き合っていた彼とも別れてしまい、何か新しいことをやってみたくて決めました。カナダを選んだのは、知り合いからバンクーバーにワーホリに行った経験を聞かされていたためでした。ありきたりだけど、まずは日本で決めていった語学学校に入り、その後日本食レストランで働きました。
 1年の間にカナダ人の彼氏や年下の日本人の男の子とも付き合ったりしましたが、どうしても帰ることを前提にしていたために、あまり真剣に付き合ってはいなかったかもしれません。カナディアンの彼には、帰国前にプロポーズされましたが、1年間暮らしてみて、私はやはり日本に帰るべき人間だということを悟りました。
 帰国後は、あまり専門的な技術や特技、資格などなかったため職探しに苦労しましたが、食品会社に就職し、2年後に社内で知り合った今の主人と結婚しました。私は本当に典型的なワーホリ生活を送った元OLだったわけですが、あの1年間のロングバケーションのようなひと時がなかったら、何かに押しつぶされていたような気がします。

(熊男)ほんと同じようなワーホリ生活を送ってる人多いだろうね。でも、周囲から見てどうかということより、自分にできる事をすればいい。平凡だって別にいいと思う。
私の人生を変えた1年
42ストリートさん 6年前のワーホリ 


 ワーホリにいっていなかったら、私の人生は大きく変わっていたと思う。だって、学生時代大の苦手だった英語をここまでしゃべるようになり、外資系の会社に入っていっぱしの仕事ができるようになるとは思ってなかったから。ワーホリに行くことにしたのは、とりあえず親のコネで銀行に就職したものの目標が見つけられず、そんな暮らしにうんざりしていたから。でも、カナダに行ってびっくりした。あまりにもワーホリで来ている連中が、無気力でだらしなかったので、彼らとは一線を引くことにした。とにかく日本語を使わないように心掛けて、英語環境に漬かって生活することにした。友達もほとんどがカナディアンや他の国から来た人たちだけにして、とにかくがむしゃらに勉強した。お金はそこそこ貯めてきたし、ジャパレスで働きたくなかったから、たまにガイドのバイトをして稼いだ。おかげで私の英語力は飛躍的に上がり、ワーホリが終わる頃には大学に入ることを決心した。その後、大学でビジネスを学び、日本に帰って目標の外資系の会社に入ることができた。私にとってワーホリは、カナダに長く滞在するためのひとつの手段だった。いい制度だとは思うけど、無駄に1年を送っている人がほとんどじゃないかな。

(熊男)似たタイプの人たまに見るよね。このくらいしないと夢が叶わないって気持ちもよくわかる。でも、これから仕事で成功していくためには、もっと柔軟な考え方しないとダメだよ。そんなもんです。
ワーホリに来て考えたこと
匿名希望 3年前のワーホリ

 
 俺がワーホリでカナダにいった理由は、これといってない。面白いことがなかったから、とりあえず行ってみることにした。高校を辞めてバイトを続けていたけど、はっきりいってあまりいいこともなく、水商売の暮らしにも飽き飽きしていた。カナダは退屈な国だった。馬鹿みたいに健康的な奴が多くて、夜遊びをする場所も限られていて、東京のほうがよっぽど面白いと思った。それでも、友達や親の手前、すぐ帰るわけにも行かず、ぶらぶらしていた。クサ(マリファナ)やいろんなドラッグも試したが、別に日本でもやっていたから、これといって新鮮な経験ではなかった。
 面白かったのは、自分が「日本人」だということを意識するようになったこと。日本に住んでいると、あまりこんなこと感じてなかったけど、俺はどう見てもアジア人だし、白人からは差別をされるし、意識しないわけにはいかなくなった。だからって何が変わったわけではないが、日本人の愚かなところや優れたところを、ちょっと考えるようになった。帰ってからは、また水商売を続けているが、今働いているバーは外人客の多い店だ。また機会があれば、ほかの国へもワーホリで行ってみたいと思う。

(熊男)なんだか力の入ってない奴だが、それもある種のポーズなんだろう。自分なりにカナダで暮らして何かを感じることができたなら、それでいいんだろう。こんなのもありだと俺は思う。
カナダで知り合った友達と会うとホッとします
小原啓子さん 7年前のワーホリ


 英語を勉強するためにワーホリでカナダに来て、94年から4年半を過ごしました。高校を出てから24歳まで働いた会社を辞めて来たから、意地みたいなものがあって、最初の1年は積極的に日本人を避けて暮らしていました。だから、仕事も日本関係のところではしたくなかった。おかげで3カ月間仕事が決まらなかったけど、なんとかマフィンのお店で働くことができました。
 ワーホリが終わってもバンクーバーを離れたくなくて、ダグラスカレッジに進みました。本当は、福祉の勉強がしたかったけど、外国人は学ぶことができなかったので、「隣組」でボランティアの仕事をしました。「足が痛いけど、あんたの顔がみたくて来たよ」といってくれるお年寄りなどと触れ合うことによって、福祉の仕事への関心を強め、この頃から日本人とも自然に交流するようになりました。
 卒業後、カナダに残ることも考えたけど、結局日本に帰り、大阪の貿易会社で働きました。それでも何か満足できなくて、手話に関心を持ったことから、東京の手話の学校に入学しました。しかし、学校の考え方とギャップを感じて中退しました。今後も何らかの形で、福祉に関わっていきたいと思っています。
 今でもバンクーバーに帰りたい気持ちはあるけど、せっかく日本になれてきたので、人情味がある大阪の街で踏ん張ってみようと思っています。それでも、カナダで一緒に過ごした仲間と会うと、なんだか「ホッ」としますね。みんな同じようなことを言っています。バンクーバーの夕暮れの空の色が好きで、未だにに思い出すことがありますね。

(熊男)ワーホリ後、カナダと日本のギャップに戸惑いながら、日本で暮らしている人も多いはず。日本に馴染めなくて何度もカナダと日本を行ったり来たりしている人もいるけど、やっぱりどちらかに腰を据えるべきだろう。本気で帰ってきたければ、その手段を探すことは不可能ではないと思う。

● 熊の目 ●

 断言しよう。ワーキングホリデーで過ごした1年は、決して無駄にはならないだろう。どんな1年を送ったにせよ、単なる海外旅行とは違い、1年間を異国で暮らした体験は、忘れることのできない記憶となって残っていくに違いない。しかし、たかが1年で何かが大きく劇的に変わることを、過剰に期待してはいけない。ワーホリの働ける職場は限られ、労働条件だって良くはない。努力次第だが、ほとんどの場合1年で英語がぺらぺらになったりするわけでもない。ワーホリに行ったことで、日本に帰ってからの就職に大きくプラスに働くことが、ほとんどないのが実情だ。それどころか、ワーホリに行ったことをマイナスに考える企業も多いようだ。でも、その後の人生で成功を収めた人も、なんだかうまくいってない人も、共通しているのは「カナダに行って良かった」とそれぞれが語っていたこと。まあ、マイペースに、限られた1年を楽しんでくれ。
 余談だが、以前ウップスを手伝ってくれていた元ワーホリスタッフの2人が、この春、なんと自力で永住権を取得して戻ってくるそうだ。人生は面白いね。

 

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