長年バンクーバーの日系社会に多大な貢献をしている精神科医、野田文隆先生に異文化間において起こり得るいろいろな心の問題について聞いてみた。

野田文隆(のだ ふみたか)

1948年生まれ。東京大学卒業後コピーライターとして働くが、その後千葉大学医学部に入り直し精神医学の世界を志す。85年から89年までUBCに留学し、86年から当時ほとんどケアされていなかった日系人のカウンセリングを始める。現在、大正大学人間学部人間福祉学科教授を務めながら、約2月ごとにバンクーバーに訪れ、バンクーバー総合病院での診察、隣組でのカウンセリング、国際結婚ワークショップのアドバイザーなどを精力的にこなす。「汗をかきかきレジデント(星和書店)」他、著書多数。

「いきなり本題からそれますが、先生はどうしてコピーライターから精神科医に転職したんですか?」

野田「大学を出て就職して、やくざな仕事をしていたんだけど、10年くらい経ってから、そろそろきちんと役立つ仕事をしてみようと考えるようになったんです」

「長年バンクーバーに住む日本人を診てこられたわけですが、最近どのような変化が見られますか?」
野田「80年代僕のところに来る人のほとんどが移住者だったけど、90年代の後半からは、圧倒的に若い人が多くなってきた。留学生やワーキングホリデー、国際結婚をした人等の数が半分を超えるようになってきましたね」
  
「ただ先生の所を訪れる多くの人は移民で、ワーホリとかはあまり来ないと思うけど?」
野田「移民の人たちは、極端な話ここカナダでしか助けが受けられない。だから日本に帰るというチョイスはないので、積極的にここにあるサービスを利用しようとする。学生さんの場合は学校のカウンセラーが見つけて、私の所に送られてくるケースが多い。だから一番来にくいのは、ワーホリの人なんかだと思いますね」
  
「精神科に行くことにはまだまだ抵抗がありますからね」
野田「自分の抱えてる問題が体のことだと、“熱がある”とか“頭が痛い”とかだいたい自分で判断できる。ところがメンタルな問題は、いったい何が起こっているか自分ではわからない。どこでどう判断していいかわからないし、相談すべき相手もいな い。軽いうつ状態になっていて“食欲がない”とか“よく眠れない”と思い周りに相談しても、“よくあること”とか“そのうち治る”、“元気出せよ”とか言われる。そして、いつまでたっても良くならないと自分を責めるようになる。ついには“自分は根性なしだ”と思い始め、それでも元気になれないからあせり始める。最後には“こんな自分だったら死んだほうがいい”と自殺するまで追い込まれてしまう。早い時期に専門家の意見を仰げばいいのだけど、そもそも何が問題なのかわかっていないから医者までたどり着きようがない」
  
「そういう人たちはどうやって先生の所までたどり着けばいいんでしょうかね?」
野田「心の問題は自分で判断しにくいから、周りが助けてあげる必要がある。周りの判断が結構重要になってくるでしょうね。」
  
「でもその判断が難しいんですよね?」
野田「僕がよく言うのは、「認知」、「感情」、「行動」の3つのどこがおかしくなるかによって、診断が違ってくると言うこと。認知がおかしくなると妄想が見えたり、幻聴が聞こえたりする。感情がおかしくなると、異常なまでに落ち込んだり、ハッピーだったりする。そして行動がおかしくなると、非常に不安になり、人に会うのが怖かったり、外に出るのが嫌になったりとか、いろんな制約が出てくる。大きくこの3つに分けて判断することが出来ると思う」
  
「じゃあ実際にここで診られた患者さんは、この3つのうちどれがおかしくなることが多いんですか?」
野田「大体病気は均等にあるんだけど、感情の障害であ るうつみたいなものが一番多い。移住のように何か大きなイベントがあって、一番最初にストレスを受けるのは感情なんです。移民の人の場合、希望を持って移民してきたけど、仕事が見つからなかったり、来る前に考えていたほどうまくいかないことがある。そんな時に、人間が一番最初になるのが、落ち込むという行為。そして、そのまま気持ちが回復してこない状況が長く続くと、 うつ病になる。  
 ワーホリの場合だと、夢みたいなこと考えて“日本は嫌だ!向こうはいい!”と何の根拠もなく来た場合、現実を知るとガクンと落ち込んでしまったりする。あるいは“仕事なんていくらでもある”と思っていたら、いつまでたっても見つからないとか。やっぱり不用意な人って危ないんじゃないかな?」
  
「でも不用意な奴がほとんどだと思うんですけどね?」
野田「(笑)新しいものにチャレンジする挑戦心みたいなものは若さの特権。でも、現実検討ってことも必要。例えば、“俺は英語が出来ないから厳しい目にあうだろう”と考えて来る人と“行けばなんとかなる!”と思ってくる人では、大きく違う。楽な道、楽な道を行こうとする人はどこにでもいるけど“外国に行けばもっと楽になるだろう!”と思っている人は、その倍ぐらいしっぺ返しを受けるんじゃないかな?」
  
「留学生の場合はどうですか?」
野田「勉強するための必然があってくる人もいるけど、何の必然ないどころか、日本を追い出されるようにやってくる人がいる。日本で問題児だから、親に追い出されるようにやってくる人なんかは、10中8くらいの確率で上手くいかない。日本で上手くいかないものが、カナダで上手くいくはずがない。また、しっかりサポートしてくれるシステムがある場合はいいけど、泳げない子を海に投げ出すような状況だとまず上手くいかない」
  
「じゃあ海外に来るのに、向き不向きってあるんでしょうかね?」
野田「そうだね。実際、現実から逃避して来たものの、性格的にこちらでうまく適応できる人もいれば、内向的で、カナダの文化とのギャップをすごく感じる人もいる。後者の場合は、非常に危険な人だよね」
  
「日本人ってやっぱり海外に適応する能力が低いんですかね?」
野田「多民族国家で言葉もいろいろなカナダなんかと比べると、外国人はあまりいなくて、外国語をしゃべるだけで偉いように思われる日本とではだいぶ違うでしょうね」
  
「それでも海外に出てくる数はどんどん増えてますよね?このままだと、いろんな問題がでてきますね」
野田「ひとついえることは、日本で受ける精神的なトラウマよりも、海外で受けるトラウマの方が、「痛い」と思います。海外で自分が未熟な上に受けてしまったトラウマは、自分への自己嫌悪や用意不足に対する後悔の念とかいろんなものが生じる。だからかなり大きなトラウマを受けたと思う人は、カウンセリングを受けた方がいい。そのまま放って置くと、それからの人生が上手くいかなくなってしまったり、パーソナリティーが歪んでいったり、異性とのいい関係が築けなくなってしまったり、いろんなことが起こり得る。心の傷も病気と一緒でちゃんと早期発見、早期治療しておかないと慢性化する可能性があるので、甘く見てはいけない。周りから見てどうであれ、受けた本人にとってそれが大きな傷であれば放置しない方がいい。痛みはその人に固有なものだから、痛いと思ったら治療を受けた方がいいと思います。その防止策に、今はほとんどされていないワーホリのための出発前教育やガイダンスみたいなことが、これからすごく重要になってくると思いますね。それは外務省なんかがやらないといけないことですね」
  
「最後にワーホリの人たちに一言お願いします」
野田「自分の経験しなかった社会を見て、自分の経験し得ないであろう状況の中に飛び込んでいくこと自体が、ワーホリの持っているいい面だと思います。良くも悪くも、知らない国へ行って、知らない国の人と知り合ったりすることも、全体として日本を国際化してると思う。こういった経験を日本に持って帰ることが“海外で英語をしゃべることはどんな意味を持っているか?”とか“どうやったら日本人はもっと自分たちの存在感を出していけるか?”といった草の根的な運動につながると思います」
長年バンクーバーの日系社会に多大な貢献をしている精神科医、野田隆文先生に異文化間において起こり得るいろいろな心の問題について聞いてみた。
 海外で暮らすことは、大変なことである。英語もろくすっぽしゃべれない者が、親元を離れ、見知らぬ土地で暮らしていくのだ。これは相当なストレスに違いない。そんな生活の中で、新しい環境に適応できる人と、出来ない人が現れてくるはず。では、適応できない人は、どうなっていくのだろうか?孤独に追い込まれ、精神を病んでしまうケースも少なくないようだ。そこで、今回は熊男特別編としてメンタル・ヘルスにスポットを当てて専門家の意見などをお聞きしてみた。あなたは大丈夫か??

次に野田先生に裏通りでよく話題になる問題について聞いてみた

●カナダ人に騙される女の子が多いけど?

野田「外国へ出てくる人って、一種の日本へ対するアンチを持っている。それは対人関係にも言える。女の子は日本の中で制約が多いから、海外体験は非常に新鮮だと思う。またこっちの男性はやさしいし、外国語で言われると耳によく響いたりする。そこで、日本人の男性に対するようなディフェンス意識というか距離感が狂ってしまう。普通の人間関係は、微妙にこのインティメート(親密な)な距離を保っている。でも、海外に来ると言葉がしゃべれなかったり、習慣が違ったりするから、この距離感が狂ってくる。そうなると、このディフェンスを崩されやすい。一度女の人はこの牙城を崩されると、へなへなっとなってしまうかも。それに“No”と言えない国民性というか、Noと言わないでNoを意味することを得意としている人たちだから、こっちの人には通じないことも多いでしょうね。

●ドラッグの影響とそれにはまりやすい人って?

野田「結局ドラッグの一番いけないとこは、使役性があるところ。こっちにいると“一回だけなら…”って経験は、みんなあるだろうけど、それにはまっちゃうことが怖い。どんどんヘビーなドラッグへ進んでいくこともあるし。そうなってくると抜けられなくなって、人生だめにしちゃう。
 はまりやすいタイプは、使役性が高い人。つまり、パチンコにはまったり、お酒にのめり込んじゃう人とか。また、嫌な状況から抜け出したい余り、人工的にでもハッピーな空間を作り出したい人。つまり“不幸な人”ほどはまりやすい。ドラッグはただやめなさい!といってもわかんないから、最後にはどうなるってことを教えてあげないといけない。強いドラッグを常用すると精神病になってとんでもないことが起こるということを教えないと、怖いと思わないですからね」

●日本に帰れなくなってしまう人たちとは?

野田「この手の人は、パリ症候群と呼ばれるんです。花の都パリに来てもあまりいいことないのに、日本に帰れなくなって、ずっと不法滞在している人がたくさんいる。海外に暮らしているってことで、自分の中にフィクションを作れるからでしょうね。結局人間はどこかに自尊心がないとどんな人であれなかなか生きていけない。これらの人は、日本で基本的に自尊心が弱かったし、あまりいいこともなかったと思う。だから海外に来ることによってのみ日本を少し見下せる。海外にいる自分にのみ自尊心を持っているんでしょうね。海外から日本に何かを持って凱旋できるんならいいけど、出来ないのであればここにいることのみが自尊心になるんでしょうね」

●移民対ワーホリ(留学生、新移民)の構図が起こるわけ

移住者の人は、日本の旗を背負って生きている意識が強い。それに外に出たがゆえに、日本人以上に伝統的な考え方をするところがある。だから、西洋化してやってくる若い人に対する生理的な嫌悪感はあるだろうけど、それはよくあるジェネレーションギャップでもある。でも交流してしまえば、そんなに温度差が生じないと思う。ワーホリのコたちもせっかく海外に来た以上は、外国の文化を学ぶことも大切だけど、外国に根付いている日本人たちを見ていくことも非常に大事だと思いますよ」

あなたは大丈夫?!
うつ病(ないない病)


次のうち当てはまるものをチェックしてください。

■Sleep(なかなか眠れない)
■Energy(何もする気がしない)
■Guilty feeling(現在の状況に罪悪感を感じている)
■Interest(物事に関心がない)
■Concentration(集中力が下がった)
■Appetite(食欲がない)
■Psychomotor retardation(動作がにぶくなる)
■Suicide thought (自殺願望がある)

結果
8つのうち、チェックが4つ以上ある場合は、うつ病にかかっている兆候が見られるので、専門家に相談しましょう。ただしSuicide thoughtは、それだけで危険なので要注意。アルファベットの頭を取って、SEGICAPS(セギキャップス)で覚えよう。
-熊男の感想-

 「精神科医がなんぼのもんじゃい!」と思っていた熊男であったが、悔しいけど野田先生はかっこよかったな。偉そうなところがなく、コピーライターといった俗っぽい世界から、医学の世界に進んだ変わり種だけど、そこが人間ぽくていい。いつもは飄々としているけど、専門的な話になると鋭い目つきに変わった。話もわかりやすく、個人的なことも含め、もっといろいろ質問したくなったね。でも、飲んで酔っ払った時は、ただのいやらしいおっさんだったけど。(失礼)